久右エ門(久保田稔製陶所)
  私はその人をひそかに「有田のエジソン」と呼んでいた。
 その人とは、久右エ門窯の先代、久保田稔さんである。
 なぜエジソンかというと、発明家であったからである。
 元々農家であったと聞いた。いかにも農家らしい田んぼの中の家が、「久保田稔製陶所」であった。そこで久保田さんは、ニューセラミックスの研究に精を出していた。私には専門的なことはよくわからなかったが、多孔質セラミックスの機能と、さらに発展してセラミックスの水の改質作用を応用した製品であったと思う。砂漠の緑化や農産物の生育促進に使えるとか。特許も多く取られ、記者であった私はそのたびによく理解できぬまま記事にさせていただいた。
  ただ、久保田稔製陶所の売り物はおそらく発明品ではなく、普通の皿や茶碗などの有田焼であった。久保田さんが奥の薄暗い部屋で研究に没頭している間、いかにも九州の女性らしい奥さんが焼き物の製造を取り仕切っていた。
 私が佐賀を離れてしばらくすると、ダンボール一杯の焼き物が送られてきた。私が久保田さんを尊敬していたことが伝わったのだと少しうれしくなり、開こうと計画していたギャラリーにこの製品もおかせてもらおうかと思った。
 そしてしばらくし、訪れた佐賀市内の割烹店で、久保田さんが急死したことを知った。
 現在の久右エ門の当主は、息子の久保田剛さんである。そして、当ギャラリーは、久右エ門窯の製品を扱わせていただいている。
 その中には、先代の久保田稔さんが開発したセラミック製コーヒーフィルターがある。
 これは、コーヒーを淹れても、お酒を通しても味が変る。